会社に潜む見えぬリスク

序章:静かなる侵食

経営者であるあなたの朝は、数字との対峙から始まるかもしれません。売上、利益率、キャッシュフロー。モニターに映し出されるグラフや表は、会社の健康状態を示す重要な指標です。会議では、各部署からの報告がなされ、プロジェクトの進捗や営業成績が共有されます。社員たちはそれぞれの持ち場で懸命に働き、オフィスには活気があるように見える。

すべては順調だ。今月も目標を達成できそうだ。あなたはそう安堵し、会社の未来に思いを馳せるでしょう。

しかし、その穏やかな日常風景の裏側で、あなたの会社という巨大な船の船底に、見えない亀裂が静かに走り始めているとしたら、どうしますか?

私たち探偵が日々向き合っているのは、まさにそのような「見えぬリスク」です。それは、競合他社の脅威や市場の変動といった外部リスクとは異なります。最も根が深く、発見が遅れがちな、組織内部から発生するリスクです。それは、長年信頼してきた社員の裏切りであったり、日常業務の中に潜むコンプライアンス違反であったり、採用時に見抜けなかった人物の虚偽であったりします。

これらのリスクは、目に見える売上数字の悪化として表面化する頃には、すでに手遅れに近い状態まで進行していることが少なくありません。まるで、静かなる侵食のように、組織の土台を少しずつ、しかし確実に蝕んでいくのです。

このコラムは、日々会社の舵取りに奮闘されている経営者、そして組織管理の重責を担う方々にこそ、読んでいただきたいと願っています。私たちが調査を通じて目の当たりにしてきた、会社に潜む様々な「見えぬリスク」の実態と、それがなぜ生まれるのか、そして、その脅威からあなたの会社を守るために何ができるのかを、具体的にお伝えしていきます。

第一章:人のリスク – 信頼という名の死角

会社を構成する最も重要な要素は「人」です。そして皮肉なことに、会社における最大のリスクもまた「人」に起因します。特に、経営者が厚い信頼を寄せている人物ほど、その裏切りがもたらすダメージは計り知れません。信頼は、時として経営者の目を曇らせ、最も警戒すべき場所に「死角」を生み出してしまうのです。

ケース1:金庫番の背信 — 経理担当者による横領
ある建設会社の社長からのご依頼でした。創業時から20年以上、経理をたった一人で任せてきたベテラン女性社員Aさんの様子が、最近どうもおかしいというのです。以前は質素だった身なりが急に派手になり、高級ブランドのバッグを持つようになった。聞けば、最近タワーマンションを購入したらしい。彼女の給与では到底不可能なはずだ、と。

社長は「まさか」という思いと「もしや」という疑念の間で揺れていました。「長年、苦しい時も一緒に乗り越えてきた仲間なんだ。疑うなんてできない」。しかし、私たちはその「まさか」が現実であったケースを、これまで嫌というほど見てきました。

調査を開始し、私たちはAさんの行動確認と、社長の許可を得て経理書類の精査を行いました。結果は、社長の最も恐れていた通りでした。Aさんは、数年間にわたり、巧妙な手口で会社の資金を横領していたのです。

その手口は、最初は数万円単位の経費の水増し請求から始まりました。それが発覚しないと分かると、徐々に大胆になり、存在しない取引先への支払いを装う「架空請求」や、取引先からの入金の一部を自身の口座に流用するなどの行為に手を染めていました。帳簿上は辻褄が合うように巧みに操作されており、経理に詳しくない社長の目には、全く不審な点が見えなかったのです。

調査で判明した被害総額は、5000万円を超えていました。報告書に記載された金額を見た社長は、怒りよりも先に、深い絶望と人間不信で言葉を失っていました。会社が最も苦しかった時期に、すぐ隣で甘い汁を吸い続けていた金庫番。信頼という死角が生んだ、あまりにも大きな代償でした。

ケース2:エースの裏切り — 営業社員による情報漏洩
「最近、大型案件のコンペで、必ずA社に競り負けるんです」。そう語るのは、急成長中のIT企業の役員の方でした。提示する金額や企画内容が、まるで事前に読まれているかのように、A社はいつも一歩先を行く提案をしてくる、と。社内にスパイがいるのではないか、という疑念が役員会で持ち上がり、特に疑われたのが、退職の意向を示しているトップ営業マンのB氏でした。

B氏は、誰もが認める営業のエースでした。会社の成長は彼の功績が大きいと、誰もが考えていました。しかし、最近、競合であるA社の人事担当者と会っているという噂が立っていたのです。

私たちは、B氏の退勤後の行動を追いました。すると彼は、週に数回、A社の幹部と密会を重ねていることが判明しました。そして、決定的な瞬間を捉えることができました。B氏が、会社のロゴが入ったUSBメモリを相手に手渡し、代わりに現金が入っていると思われる封筒を受け取る場面です。

後の調査で、そのUSBメモリには、会社の全顧客リスト、提案中の企画書、そして技術開発に関する重要情報がすべて含まれていたことが分かりました。B氏は、A社への転職を手土産に、自らが築き上げてきたはずの会社の財産を、文字通り切り売りしていたのです。

一人のエース社員の裏切りは、単なる一案件の失注では済みません。それは、長年かけて築き上げた顧客との信頼関係、そして会社の競争力の源泉そのものを、根こそぎ奪い去る行為なのです。

ケース3. 輝かしい虚像 — 採用候補者の経歴詐称
採用は、未来への投資です。特に、重要なポジションに外部から人材を招聘する場合、その判断は会社の将来を大きく左右します。あるメーカーでは、新規事業の責任者として、華々しい経歴を持つC氏の採用を内定していました。履歴書には有名大学卒業後、外資系コンサルティングファームを経て、数々の事業を成功に導いたと記されていました。

しかし、最終面接でC氏が見せた些細な態度の変化に、人事部長がわずかな違和感を覚えました。「念のため、確認しておきたい」。その直感が、私たちへの採用調査(バックグラウンドチェック)の依頼に繋がりました。

調査結果は、衝撃的なものでした。彼の経歴は、ほぼすべてが嘘だったのです。大学名は詐称され、在籍したとされる企業にも記録はありませんでした。彼が語った成功体験は、インターネットやビジネス書から得た知識を巧みに組み合わせた、完全な創作だったのです。

もし、人事部長の直感が働かず、彼をそのまま採用していたら、会社は計り知れない損害を被っていたでしょう。新規事業は頓挫し、多額の投資は無駄になり、何より社内外の信用を大きく損なっていたはずです。採用における「人物を見抜く」という作業がいかに困難で、そして客観的な事実確認がいかに重要であるかを、このケースは物語っています。

第二章:行動のリスク – 日常業務に潜む落とし穴

経営者の目が届きにくい、社員一人ひとりの日常業務。その中にも、会社の土台を静かに蝕むリスクは潜んでいます。「これくらい大丈夫だろう」「誰も見ていない」。そんな小さな油断の積み重ねが、やがて組織全体を蝕む病巣へと発展していくのです。

ケース4. 見えない給料泥棒 — 営業社員のサボタージュ
「どうも営業部の効率が悪い。報告される活動内容と、実際の成果が釣り合っていない気がする」。ある商社の支店長は、長年その違和感を抱えていました。特に、特定の営業社員数名の成績が、常に低空飛行を続けているにもかかわらず、日報には「〇〇社訪問」「△△社と商談」など、もっともらしい活動が記載されている。

私たちは、対象社員たちの勤務時間中の行動調査を行いました。GPSによる車両追跡と、調査員による行動確認を組み合わせた調査です。すると、彼らの驚くべき実態が明らかになりました。

彼らは朝、一度会社を出ると、そのままパチンコ店へ直行。昼過ぎまで遊んだ後、公園の駐車場で車を停めて昼寝。夕方になると、喫茶店で数名で集まり、雑談をしながら日報を作成し、そのまま直帰。一日に一件も、営業活動を行っていない日さえありました。

これは、単なる「怠慢」ではありません。会社から給与を受け取りながら、その対価である労働を全く提供していない、悪質な「サボタージュ(業務妨害)」であり「詐欺」です。このような社員の存在は、会社の売上機会を損失させるだけでなく、真面目に働いている他の大多数の社員の士気を著しく低下させます。組織内に「やった者勝ち」という腐敗した空気を蔓延させる、非常に危険なリスクなのです。

ケース5. オフィスラブの代償 — 社内不倫がもたらす脅威
「社内不倫は個人の問題だ」と考える経営者もいるかもしれません。しかし、それは大きな間違いです。社内不倫は、企業にとって無視できない、複数の経営リスクを内包しています。

あるシステム開発会社で、プロジェクトリーダーの男性Dと、部下の女性Eの不倫関係が問題となりました。当初は、周囲も見て見ぬふりをしていました。しかし、二人の関係は徐々に業務に支障をきたし始めます。Dは公私混同し、Eを贔屓するようになり、他のチームメンバーから不満が噴出。チームワークは崩壊し、プロジェクトの進捗は大幅に遅延しました。

さらに深刻だったのは、二人の関係が破綻した後のことです。別れを切り出されたEは、Dからストーカーまがいの行為を受けるようになりました。恐怖を感じたEは、Dを「セクハラ・パワハラ」で会社に訴える、と主張し始めたのです。

もし訴訟に発展すれば、会社の評判は地に落ち、多額の賠償金を請求される可能性もあります。また、退職した一方が、腹いせに会社の内部情報をSNSなどで暴露するといった「報復行為」に発展するケースも少なくありません。個人の恋愛感情のもつれが、会社の存続を揺るがすほどの重大なリスクへと発展することは、決して珍しい話ではないのです。

第三章:なぜリスクは生まれるのか? – 組織の脆弱性

これまで見てきたようなリスクは、単に「悪い社員」個人の資質の問題として片付けるべきではありません。多くの場合、不正や怠慢といった行動を誘発し、助長してしまう「組織の脆弱性」が存在します。あなたの会社は、以下のような問題を抱えていないでしょうか。

1. 過度な信頼と権限の集中
「あの人に任せておけば安心だ」という経営者の思い込みは、健全なチェック機能を麻痺させます。特に、創業期から支えてくれた古参社員や、特定の専門知識を持つ担当者に対して、業務を丸投げし、ブラックボックス化させてしまうのは非常に危険です。経理、人事、情報システムなど、重要な権限が一人の人間に集中し、誰もその業務内容をチェックできない状態は、不正の温床となります。

2. コミュニケーション不足と不満の蓄積
経営陣が現場の実態を把握しておらず、社員が「正当に評価されていない」「会社は自分たちのことを分かってくれない」という不満や孤独感を募らせている組織は、危険な兆候です。会社への帰属意識が低下し、「これだけ頑張っているのだから、少しくらい…」という歪んだ心理が働き、不正行為へのハードルが低くなります。また、問題に気づいた社員がいても、「告げ口したと思われたくない」「どうせ上に言っても無駄だ」と声を上げられない、風通しの悪い組織文化も、リスクの発見を遅らせる大きな要因です。

3. 危機管理意識の欠如
「うちは社員同士の仲が良いから大丈夫」「性善説で経営してきた」という言葉を、私たちはよく耳にします。しかし、それは危機管理意識の欠如の裏返しである場合があります。内部監査の仕組みがなかったり、コンプライアンス規定が形骸化していたり、採用時の身元調査を怠っていたりする。問題が起きてから慌てて対処する「対症療法」に終始し、問題の発生を未然に防ぐ「予防」の視点が欠けている企業は、常に大きなリスクに晒されていると言わざるを得ません。

終章:信頼と管理の最適なバランスを求めて

社員を信頼することは、言うまでもなく経営の根幹です。信頼なくして、組織の成長はあり得ません。しかし、「信頼」と「無管理」は全くの別物です。

健全な組織とは、性善説に立脚し、社員の自主性を尊重しながらも、同時に、性悪説に基づいた公正なチェック機能が適切に働く組織のことです。それは、社員を疑うためではありません。一部の不心得者から、真面目に働く大多数の社員と、会社そのものを守るために必要な、経営者の責務なのです。

私たち探偵の企業調査は、単なる「犯人捜し」や「粗探し」ではありません。それは、経営者の目が行き届かない場所で何が起きているのかを客観的な事実として明らかにし、見えぬリスクを「可視化」する、企業の健康診断(人間ドック)のようなものです。

あなたの会社の帳簿の数字は、本当に正しいですか?
営業社員の日報は、真実を伝えていますか?
オフィスの穏やかな空気の裏で、不満や裏切りが渦巻いていませんか?

もし、あなたが自社に対して、ほんの少しでも説明のつかない違和感や不安を感じているのであれば、どうかそれを「気のせい」で済まさないでください。その小さな違和感こそが、会社が発しているSOSのサインかもしれません。

手遅れになる前に、専門家である私たちにご相談ください。あなたの会社の未来を守るため、私たちは「外部の目」として、利害関係のない立場から、客観的な事実のみをご報告することをお約束します。

小さな亀裂を放置することが、やがて巨大な船を沈めることにつながる。そのことを、経営者であるあなたは、決して忘れてはならないのです。